「この顧客リスト、AIに整理してもらえば早いのでは」。案内はがきの宛名づくり、会員名簿の並べ替え、システムの設定をAIに聞きながら進める作業——現場では、社内の大事な情報をAIに貼り付けたくなる場面が日常的にあります。パスワードや顧客リストをそのまま貼るのは避けるべきです。ただ、「貼るな」という禁止だけでは、実は現場を守れません。

禁止だけでは現場が迷う

パスワードのように、誰が見ても入力してはいけない情報では、あまり迷いは起きません。困るのはその手前です。イベント参加者の人数は? 常連さんの購買傾向をまとめたメモは? 取引先とのやりとりの文面は? 禁止リストに載っていない情報に出会うたびに現場は迷い、迷った人は「面倒だからそのまま貼る」か「怖いから使わない」の両極端に振れます。必要なのは禁止の列挙ではなく、迷ったときに自分で判定できる線引きです。

図1: AIに入力する前の3段仕分け。そのまま入力しない・加工すれば入力できる・そのまま入力できるの3段に分け、迷ったら一段厳しい側に倒す

線引きは2つの質問で作れる

おすすめは「そのまま入力しない」「加工すれば入力できる」「そのまま入力できる」の3段に仕分けることです。仕分けに使う質問は2つだけです。

質問1は「漏れたら困る相手がいるか」。お客様、取引先、従業員。困る相手が誰も浮かばなければ、そのまま入力できる情報です。

質問2は「伏せ字にしても仕事が成り立つか」。困る相手がいても、実名を「A様」に置き換える、電話番号を消す、といった加工で目的が果たせるなら、加工して入力できます。たとえば道の駅でお客様への返信文の下書きを頼むとき、AIに必要なのは用件と経緯であって、実名や連絡先ではありません。

加工しても成り立たないもの——顧客名簿そのもの、パスワード、マイナンバー——は入力しない、が答えです。特にパスワードは伏せ字にしたら意味がなくなる情報で、AIに渡して成り立つ仕事がそもそもありません。

図2: 線引きを作る2つの質問のフロー。漏れたら困る相手がいるか、伏せ字でも仕事が成り立つかの順に判定し、成り立たなければ入力しない

線引きは使える範囲を広げるためにある

支援の現場で感じるのは、真ん中の「加工すれば入力できる」の帯をはっきりさせた会社ほど、AIの活用が進むということです。禁止だけの会社では、迷った人から順に使わなくなります。中間の帯があると、返信文の下書きや案内文づくりなど、実は日々の仕事の大半が加工すれば安全にAIに乗せられると分かります。線引きは取り締まりの道具ではなく、安心して使える範囲を照らす道具です。運用は「迷ったら一段厳しい側に倒す」とだけ決めておけば難しくありません。

明日やれる一歩

昨日AIに貼り付けた(または貼りそうになった)情報を3つ思い出し、2つの質問で「そのまま可・加工すれば可・入力しない」のどこに入るか仕分けてみてください。3つ仕分け終わったとき、そのメモがもう自社の線引きの原型になっています。