「声が同じ」は、もう本人の証拠にならない

生成AIの音声合成は、数秒の声があれば本人そっくりの話し方を作れるところまで来ています。材料はSNSの動画、店の紹介動画、留守番電話の応答メッセージなど、外に出ている声で足ります。海外では、経営者や取引先の声をまねた電話で送金を指示する手口が報告されており、日本の中小企業も他人事ではありません。

8月の記事でAIが書いた詐欺メールを取り上げましたが、同じことが電話でも起きています。文面の不自然さで見破れなくなったのと同様に、声の違和感で見破る時代も終わりつつあります。

道の駅・6次産業の現場で起きうる場面

たとえば、出荷先のバイヤーを名乗る電話です。「今月から振込先の口座が変わりました。今回分から新しい口座でお願いします」。声は担当者そのもので、社名も直近の納品内容も合っている。実は社名や担当者名、取引の様子は公式サイトやSNSの投稿から拾えます。

別の場面では、加工を委託している先の担当者の声で「原料代を今日中に別口座へ。社長からの指示です」と急かされる。急ぎと振込先変更が重なったら、まず疑う場面です。

図1: 外に出ている数秒の声からAIで本人そっくりの声を作り、取引先を装って「急ぎ」「振込先変更」の電話をかける手口の流れ

電話の本人確認を3つのルールにする

声を確認の鍵にしない、と決めるだけで守りは大きく変わります。

  1. かけ直す。お金と振込先と急ぎの依頼は、いったん切って、名刺や契約書に載っている番号へこちらからかけ直す。相手が電話口で言う番号にはかけない。
  2. 変更は電話だけで受けない。振込先の変更は、社印のある書面や再発行した請求書を受け取り、さらに以前から知っている別の担当者にも確認する。電話と書面の二経路がそろって初めて変える。
  3. 声でなく事実で確かめる。前回の納品数、前の担当者の名前など、本人しか答えられない質問を1つ用意しておく。

現場で一番の壁は「失礼になる」気持ち

支援の現場で感じるのは、手口を知っていても「取引先を疑うようで言いにくい」という遠慮が最後の壁になることです。だからこそ、社内で決めたルールとして相手に伝えられる定型文が要ります。「振込先の変更は規則で折り返し確認しています」の一言なら、相手を疑う言い方になりません。本物の取引先なら、その一言でむしろ安心してくれます。

図2: 金銭と振込先の電話に対する「かけ直す」「二経路で確認」「事実で確かめる」の3ルールと、相手に伝える定型文

もう一つ。声で本人確認ができなくなったのは、AIの問題というより「声を鍵にしてきた習慣」の問題です。鍵を変えれば済む話であり、AIそのものを遠ざける理由にはなりません。

明日やれる一歩

朝礼で「振込先の変更と急ぎの送金依頼は、必ず切ってかけ直す」を1行のルールとして決め、電話機のそばに貼ってください。名刺や契約書の番号がすぐ引ける場所も一緒に決めておくと、慌てた時ほど効きます。