なぜ「翻訳アプリに貼るだけ」では伝わらないのか

道の駅や直売所、観光施設で「外国人のお客様向けに案内POPを作りたい」という相談は、新潟でも年々増えています。よくあるのは、翻訳アプリに日本語を貼り付けて、出てきた文をそのまま印刷したというケースです。ところが、こうして作ったPOPは意外と伝わりません。

原因は翻訳の精度より、元の日本語にあります。「お持ち帰りはご遠慮ください」「お会計はあちらで」といった日本語は、主語も動作も省略されていて、機械翻訳では意図が抜け落ちがちです。さらに、日本語の1文が英語では倍近い長さになり、POPの枠に収まらないこともよくあります。

そこで本記事では、翻訳の前に「AIに日本語を整えさせる」工程を入れ、英語・中国語(簡体字)・韓国語の3言語を一度に出す型を紹介します。この順番にするだけで、訳文の質と手戻りの少なさが大きく変わります。

図1: 多言語POP作成は「目的を決める→日本語を整える→3言語に翻訳→逆翻訳で確認」の順で進める

手順:日本語を整えてから3言語に展開する

  1. POPの目的を1行で決める 「禁止を伝える」「使い方を伝える」「おすすめを伝える」のどれかに絞ります。1枚のPOPに複数の目的を入れないのが基本です。目的が混ざると、どの言語でも長文になります。

  2. 日本語の原稿をAIに整えさせる 省略された主語や目的語を補い、1文を短くします。ここで「誰が・何を・どうするか」がはっきりした日本語になります。この工程が翻訳品質の土台です。

  3. 3言語に一括翻訳する 下のプロンプトを使い、英・中・韓を同時に出します。文字数の目安も指定して、POPに収まる長さで出させます。

  4. ピクトグラムと文字数を合わせる 訳文が長い場合は、日本語側を削って再翻訳します。訳文だけを縮めると意味が変わりやすいためです。

  5. 逆翻訳で確認する 出てきた外国語をAIに日本語へ戻させ、意図がずれていないかを見ます。外国語が読めなくても、この方法なら自分で確認できます。

プロンプト全文(そのままコピーして使えます)

あなたは観光施設の多言語案内を専門とする翻訳者です。
以下の日本語POP原稿を、次の手順で処理してください。

【手順1】原稿の省略(主語・目的語・動作)を補い、
1文20字以内の短い日本語に書き直す。敬語は「〜してください」で統一。

【手順2】書き直した日本語を、英語・中国語(簡体字)・韓国語に翻訳する。
条件:
- 看板やPOPで実際に使われる自然な表現にする(直訳しない)
- 各言語とも、印刷して読める長さ(英語は1文8語以内を目安)
- 禁止事項は命令調ではなく、丁寧で角が立たない表現にする
- 固有名詞(商品名・地名)はローマ字も併記する

【手順3】各訳文を日本語に逆翻訳し、元の意図とのズレがあれば指摘する。

出力は「整えた日本語/英語/中国語/韓国語/逆翻訳と確認コメント」の
表形式で。

原稿:
「こちらの商品はお試し用です。お持ち帰りはご遠慮ください。」

このプロンプトの要は、翻訳を最後に持ってくる順番です。日本語を整える工程を飛ばすと、同じ誤解が3言語すべてに引き継がれます。上流で直すほうが、下流で3回直すより圧倒的に楽です。

もう一つの工夫は、逆翻訳と確認コメントまで同じプロンプトの中で出させている点です。翻訳と確認を別々に頼むと、確認の手間が面倒になって省かれがちです。最初から一体で出るようにしておけば、出力を眺めるだけで「この訳は意図とずれている」と気づけます。外国語が読めないスタッフでも判断できる仕組みにしておくことが、現場で運用を続けるコツです。

現場でよくある落とし穴

図2: 多言語POPでつまずきやすい4つの落とし穴と、それぞれの対処法

落とし穴1:中国語の字体を確認していない 台湾・香港からの観光客は繁体字、中国本土は簡体字を使います。新潟の場合、どちらの来訪者が多いかは施設や季節によって違います。迷ったら簡体字を基本にし、繁体字が必要なら同じプロンプトに「繁体字も追加」と指定するだけで対応できます。

落とし穴2:韓国語の敬語レベルが合わない AIは丁寧すぎる文体を出すことがあり、POPとしては不自然になります。「看板向けの簡潔な文体で」と一言添えるだけで改善します。

落とし穴3:商品説明を全部訳そうとする 6次産業の加工品では「原材料」「食べ方」「保存方法」をすべて訳したくなりますが、POPには入りきりません。訳すのは「これは何か」「どう食べるか」の2点までに絞り、詳細はQRコードで多言語ページに逃がすのが現実的です。

落とし穴4:最終確認を省く AIの訳文はおおむね実用に耐えますが、宗教や食習慣に関わる表現(豚肉やアルコールの有無など)は、ネイティブか翻訳サービスで一度確認する価値があります。全件ではなく、アレルギーや宗教に関わるPOPだけに絞れば、負担は小さく済みます。

明日やれる一歩

まず、店内で一番よく聞かれる質問に答えるPOPを1枚だけ選んでください。「試食できますか」「これはどうやって食べますか」など、スタッフが毎日繰り返し答えているものが候補です。その1枚の日本語原稿を、上のプロンプトの「原稿:」以下に貼り替えて実行するところから始めてください。

できあがった訳文は、いきなり本印刷せず、まず普通紙に出して売り場に貼ってみてください。実際の来店客の反応や、スタッフが「これで質問が減った」と感じるかどうかが一番の検証になります。

1枚うまくいけば、残りのPOPは同じプロンプトに原稿を差し替えて流すだけです。AIと設計の型があれば、多言語対応は外注に頼らず自社で回せます。翻訳そのものより「伝えたいことを短い日本語にする」訓練になる点が、この型の一番の収穫かもしれません。