道の駅や観光施設の運営では、看板の修繕、のぼりの印刷、イベントの設営、冬前の雪囲いなど、協力業者に頼む仕事が毎月のようにあります。忙しい中で「例の看板、直したいので見積お願いします」と一行だけ送ると、業者から「サイズは」「いつまでに」と聞き返され、やり取りが三往復して一週間が過ぎます。二社に出したのに前提が違っていて比べられない、ということも起きます。AIに依頼文を整えてもらう価値は、文章がきれいになることより、この「抜け」を送る前に見つけられることにあります。
見積が比べられない依頼文には、同じ3つの抜けがある
見積を出すには「何を」「どれだけ」「いつまでに」が決まっていないと数字が置けません。現場の依頼文で抜けやすいのは次の3つです。
- 範囲の抜け: 「看板の修繕」だけで、板の交換なのか塗り直しなのか、取り付け金具まで含むのかが書かれていない
- 条件の抜け: 数量、サイズ、設置場所、作業できる日時(営業中は不可、など)が書かれていない
- 返事の抜け: いつまでに見積が欲しいか、何を見て決めるか(金額だけか、納期も見るか)が書かれていない
この3つが埋まっていない依頼は、業者が善意で「たぶんこうだろう」と補って見積を出します。安く見えた見積に取り付け費が入っていなかった、という後日の追加費用は、たいていここから生まれます。
依頼文に入れる6項目
抜けを防ぐために、依頼文の材料を6項目で揃えます。文章にする前の、箇条書きのメモで構いません。
- 背景: なぜ今頼むのか(例: 秋の観光シーズン前に、雨で剥がれた案内看板を直したい)
- 依頼の範囲: やってほしいこと・やらなくていいこと(例: 板の交換と文字の貼り替え。支柱はそのまま)
- 数量・寸法・場所: 数、サイズ、設置場所、現状写真の有無
- 希望時期と制約: 希望する完了日、作業できる曜日・時間帯、休館日
- 比べ方: 相見積かどうか、金額以外に見るもの(納期、保証、屋外での耐久年数など)
- 返事の期限と形: いつまでに、何を(金額の内訳、納期、見積の有効期限)、どの形で(PDFをメールで)
6番目を書く人は少ないのですが、ここが一番効きます。「9月30日までに、材料費と施工費を分けた見積をメールで」と書くだけで、返事は早くなり、複数社の見積が同じ形で並びます。
手順(5ステップ)
- 頼みたい仕事を1つ選び、上の6項目を箇条書きで埋める。分からない項目は空欄にせず「不明」と書く
- 下のプロンプトにメモを貼り、まず「抜けの指摘」だけをAIに出させる
- 指摘された抜けのうち、自分で決められるものを埋める。決められないものは、業者に聞く項目として依頼文に残す
- 埋め直したメモで依頼文を作らせ、範囲と数量が自分のメモ通りかを読み比べる
- 相手との付き合いに合わせて冒頭と結びだけ手で直し、送る
順番のポイントは、手順2で「文章を書かせる前に抜けを指摘させる」ことです。先に書かせると、AIは空欄をそれらしい言葉で埋め、抜けが読めない文章になります。抜けを先に出すと、決めていないことが決めていないまま目に見えます。
プロンプト全文(見積依頼版)
あなたは中小企業の発注業務を手伝うアシスタントです。
以下のメモをもとに、協力業者への見積依頼文を作るのを手伝ってください。
最初は依頼文を書かず、【手順1】だけを出してください。
【頼みたい仕事のメモ】
・背景: 秋の観光シーズン前に、雨で文字が剥がれた駐車場の案内看板を直したい
・依頼の範囲: 板の交換と文字の貼り替え。支柱と基礎はそのまま使う
・数量・寸法・場所: 看板2枚。幅1800mm×高さ900mm。第2駐車場の入口。現状写真あり
・希望時期と制約: 10月10日までに完了。作業は平日9〜16時。土日祝は営業中のため不可
・比べ方: 2社に同じ条件で依頼。金額のほか、納期と屋外での耐久年数を見る
・返事の期限と形: 9月30日まで。材料費・施工費・諸経費を分けた見積をPDFでメール
【相手との関係】
・3年前に一度、のぼり旗の印刷を頼んだ会社。担当者の名前は分かる。丁寧だがかしこまりすぎない文面
【手順1: 抜けの指摘】
業者がこのメモだけで見積を出そうとしたとき、確認したくなる点を箇条書きで挙げてください。
「こちらが決めれば埋まること」と「業者に聞かないと分からないこと」に分けてください。
【手順2: 依頼文の作成】(私が「手順2へ」と書いたら始める)
・件名1行と本文を作る
・本文は「用件→依頼の範囲→数量・寸法・場所→希望時期と制約→見積に入れてほしい内容→返事の期限」の順
・メモにない仕様や数量を補わない。決まっていない点は「ご確認のうえご提案ください」と書く
・お願いの言葉は冒頭と結びに1回ずつ。本文の途中には入れない
・「絶対」「至急」「何卒」は使わない
作業依頼(見積が要らないとき)への差し替え
見積が不要で、いつもの業者に作業だけ頼む場合は、【比べ方】を「見積不要。いつもの単価で」に変え、【手順2】の順を「用件→範囲→日時と制約→当日の連絡先→返事の期限」に変えるだけで使えます。冬前の雪囲いや除雪の委託、イベント時のテント設営のように毎年頼む仕事は、前年の依頼文をメモの代わりに貼ると、変わった点だけを直せます。
相見積を出すときは、同じメモから2通作らせ、【相手との関係】だけを変えます。条件を変えないことが、あとで並べて比べるための条件です。
現場でよくある落とし穴
ひとつめは、AIが数量や仕様を勝手に補うことです。メモに「看板2枚」としか書いていなくても、依頼文に「アルミ複合板」と材質が書き込まれることがあります。業者がそれを前提に見積を出せば、意図と違う仕様で話が進みます。プロンプトの「メモにない仕様や数量を補わない」は必ず残し、手順4の読み比べを省かないでください。
ふたつめは、予算の扱いです。上限額を書くと見積がそこに寄りやすく、書かないと大きく外れた提案が来ることがあります。おすすめは、上限額そのものではなく「何と比べるか」を書くことです。「昨年の同種の工事より高い場合は理由を添えてください」なら、業者は数字の根拠を書かざるを得ません。AIに「相場はいくらか」と聞いて、その数字を予算に据えるのも避けてください。9月の落とし穴の記事で書いたとおり、AIの示す価格には地域の事情も原価も入っていません。
みっつめは、文面が急に改まって相手が戸惑うことです。長く付き合いのある業者に、AIが作ったかしこまった依頼文をそのまま送ると、「何かあったのか」と受け取られることがあります。【相手との関係】の1行がこれを防ぎます。「いつも電話で頼んでいる。今回は条件を残すためにメールにする」と書けば、文面はそれに合わせて軽くなります。値上げや納期変更のような言いにくい用件は、8月の記事で紹介した「変わる事実・理由・代替案」の分け方を同じプロンプトに足せます。
明日やれる一歩
最近送った依頼メールを1通、送信済みから探してください。それを貼って「この依頼だけで業者が見積を出すとしたら、何を確認したくなりますか」とAIに聞くだけで構いません。返ってきた確認点が、自分の依頼文でいつも抜けている項目です。次の依頼からは、その項目を先にメモで埋めてから書き始めれば、聞き返しの往復がひとつ減ります。