道の駅のSNS担当が投稿文をAIに頼み、通販ページは別の担当がAIで下書きし、POPは手書きから起こした。並べてみると、同じ枝豆が「黒埼茶豆」「黒崎茶豆」「黒埼ちゃまめ」と三通りに書かれている。こういう表記ゆれは、AIを使う前からあった問題ですが、AIを使い始めると書く量が増える分だけ目立ちます。原因はAIの性能ではなく、AIが「うちの正式な書き方」を知らないことです。知らせる道具が用語集で、作るのに専門知識は要りません。
表記ゆれはなぜAIで増えるのか
AIは、渡された文章の中に「黒崎」と「黒埼」が混ざっていれば、世の中で多く使われる方に寄せます。地名の「黒埼」は土へんですが、一般的な人名の「黒崎」の方が多いので、そちらに直されることがあります。洋なしの「ル レクチエ」も、間に空白を入れる公式の書き方より、「ルレクチェ」と続けて書く人の方が多い。AIは多数派に合わせるのが得意で、自社の正しさは知りません。
現場で起きるゆれは三種類に分けられます。商品名(ひらがな・カタカナ・漢字、空白の有無、産地をどこまで書くか)、地名と施設名(神社は「彌彦神社」で村は「弥彦村」のように、公式が使い分けている字)、社内の呼び名(「朝採り」「朝どり」「朝どれ」のように、店の中で揺れている言葉)です。三つとも、正しい方を一度決めて文字で渡せば、AIはそれを守ります。
用語集の形は「1語1行、5つの欄」
用語集は、表計算ソフトでもメモ帳でも構いません。大事なのは、1語につき1行で、次の5つの欄を持つことです。
正式表記 | 使わない表記 | 読み | 種類 | 使う場面・注意
黒埼茶豆 | 黒崎茶豆/黒埼ちゃまめ | くろさきちゃまめ | 商品 | 「埼」は土へん。POP・SNS・通販すべて
ル レクチエ | ルレクチェ/ル・レクチェ | るれくちえ | 商品 | 中は半角の空白。品種名として使う
南魚沼産コシヒカリ | 魚沼産コシヒカリ/こしひかり | みなみうおぬまさんこしひかり | 商品 | 産地は「南魚沼産」まで書く。ひらがなにしない
彌彦神社 | 弥彦神社 | やひこじんじゃ | 地名・施設 | 神社は「彌」。村名は「弥彦村」
朝採り | 朝どり/朝取り/朝どれ | あさどり | 社内 | 野菜のPOPで使う。前日収穫には使わない
「使わない表記」の欄が、実は一番効きます。正式表記だけを渡すと、AIは似た語を別物として扱い、直してくれません。「これは同じものを指す間違い」と明示して初めて、置き換えが起きます。「読み」の欄は、音声入力や、新人がふりがなを付けるときに使います。
語数は、9月の業界特化の記事で書いたとおり、20語で始めて構いません。100語を目指す会議は終わらず、20語の用語集は明日から使えます。
全手順(6ステップ)
- 材料を集める。直近3か月のSNS投稿、チラシ、通販ページ、値札を撮った写真の文字起こしを、1つのテキストにまとめる
- 下のプロンプト1で、AIに「ゆれの洗い出し」だけをさせる。この段階でAIに正しい表記を決めさせない
- 出てきた表を見て、正式表記を人が決める。決め方の優先順位は「パッケージや登録商標の表記」→「自治体やJAなど公式の表記」→「社内で一番使われている表記」の順
- 5つの欄の形で用語集ファイルにする。共有フォルダに1つだけ置き、末尾に「更新日と更新者」を1行書く
- AIに渡す。毎回の依頼文の頭にプロンプト2の型で貼るか、使っているAIに「いつも参照する指示」を置ける機能があれば、そこに入れる
- 出てきた文章をプロンプト3で照合し、用語集にない語が出たら1行足す。月に1回、担当者が見直す
順番のポイントは、手順2と3を分けることです。先に「正しい表記を決めよう」と会議を開くと、意見が割れて止まります。先にAIに現状のゆれを表で見せてもらうと、「三通りもあったのか」という事実が先に共有され、決めるのが早くなります。AIは決める役ではなく、散らばりを見せる役に置く方が、この作業では速く進みます。
プロンプト全文
プロンプト1は、洗い出し専用です。文章を直させないのが肝心です。
あなたは中小企業の広報文の表記を整えるアシスタントです。
以下は当社が最近書いたSNS投稿・POP・通販ページの文章です。
文章は直さず、次の作業だけをしてください。
【作業】
1. 商品名・地名・施設名・社内の呼び名を、すべて抜き出す
2. 同じものを指しているのに書き方が違う語をまとめ、
「候補の表記/出てきた回数/出てきた媒体」の表にする
3. どれが正しいかは判断しない。決めるのはこちら
4. 野菜、お土産、のような一般名詞は除く
5. 同じものか迷った語は「要確認」として別に並べる
【文章】
(ここに集めた文章を貼る)
プロンプト2は、いつもの依頼文の頭に付ける型です。この3行があるかないかで、結果が変わります。
【表記ルール】
以下の用語集の「正式表記」だけを使ってください。
「使わない表記」が指示文や材料に混ざっていても、正式表記に直して書いてください。
用語集にない商品名・地名が必要になったら、勝手に作らず、
文末に「用語集にない語: ○○」と1行書いてください。
(用語集を貼る)
【依頼】
(いつもの依頼文。例: 今週末の直売コーナーの入荷案内をSNS向けに120字で)
プロンプト3は、出てきた文章の照合用です。手順6で使います。
次の文章を、上の用語集と照らしてください。
「使わない表記」が出ていたら「元の表記/正式表記/出てきた行」の表にしてください。
用語集にない固有名詞は、別の表に「候補」として並べてください。
文章そのものは書き換えないでください。
現場でよくある落とし穴
ひとつめは、正式表記が決まらず用語集が完成しないことです。「南魚沼産」まで書くか「魚沼産」で止めるかは、売り方の判断が絡みます。決められない語は「暫定」と備考に書いて入れてください。空欄のまま用語集に載せない方が害が大きく、AIはその語を毎回違う書き方で出します。
ふたつめは、用語集が人ごとに別ファイルになることです。SNS担当と通販担当がそれぞれ手元に持つと、半年後には二つの「正式表記」ができます。共有フォルダに1つだけ置き、手元にコピーを作らない。更新は月1回、担当者1人が行うと決めます。
みっつめは、用語集にない語をAIが「それらしく」作ることです。いちごの「越後姫」が用語集になければ、「越後苺」と書かれることがあります。プロンプト2の「勝手に作らず文末に書く」の1行がこれを防ぎます。文末に「用語集にない語」が並んだら、それが次に足す語の候補です。それでも見落としは残るので、印刷物に回す前の校正は、9月の校正記事で書いた「AIが拾い、人が固有名詞を見る」二段構えを続けてください。
用語集はAIのためだけの道具ではありません。新人がPOPを書くときの手引きになり、外注のデザイナーに渡せば校正のやり直しが減ります。AIをきっかけに作った表が、店全体の文字を揃える土台になります。
明日やれる一歩
直近のSNS投稿を10本、コピーして1つのテキストにまとめてください。それをプロンプト1に貼って流すだけで構いません。出てきた表の中で、出てきた回数が一番多い語を1つ選び、正式表記を決めて、5つの欄の1行を書く。用語集の初版は、その1行からで十分です。