8月の記事「店舗スタッフ向け接客マニュアルをAIで整備する手順とテンプレ」では、素材集めは人、整理と文章化はAI、という分担を書きました。あの記事を読んで試した方から届く声で一番多いのが、「ベテランに聞いたのに、出てきた叩き台が薄い」というものです。原因はAIではなく、聞き方にあります。今日は、接客に限らずどの業務でも使える「現場ヒアリングシート」を全文公開し、シートを埋めてAIに渡すまでの手順を紹介します。

叩き台の出来は、聞く前に決まっている

AIは自社の現場を何も知りません。渡した素材に書かれていないことは、一般論で埋めるか【要確認】として残すかのどちらかです。つまり、聞き漏れた分だけ叩き台は薄くなります。

やっかいなのは、ベテランほど「当たり前すぎること」を話さない点です。道の駅の直売所で朝の農産物受け入れをしている人に「どうやっていますか」と聞くと、「出荷者さんが持ってきたら検品して棚に出すだけ」で終わります。けれど実際には、袋の結び方が甘い品をどうするか、値札の日付を誰が確認するか、常連の出荷者と初めての出荷者で伝えることが違うか、といった判断が山ほどあります。これを引き出すには、聞く項目と順番を先に決めておくしかありません。それがヒアリングシートの役目です。

図1: 現場ヒアリングシートの7項目。終わりの状態、いつ誰が、事前準備、手順、迷う場面、禁止と失敗、引き渡しの順に聞く

現場ヒアリングシート(印刷してそのまま使えます)

A4一枚に収まる7項目です。書くのは聞き手で、話すのがベテラン、という役割にしてください。

■ 現場ヒアリングシート(業務1つにつき1枚・所要15分)

業務名:
聞いた人:            話した人:            日付:

1. この仕事が「終わった」と言える状態は?
   (例:全出荷者の品が棚に並び、受入表に数量が記入されている)

2. いつ・誰が・どのくらいの頻度でやっている?
   (曜日/時間帯/担当/繁忙期と閑散期の違い)

3. 始める前にそろっていないと困るもの
   (道具・書類・カギ・前日に確認しておく情報)

4. やっている順番(動作で。「確認する」でなく「何をどう見る」)
   ①
   ②
   ③
   ④
   ⑤

5. 迷う場面と、そのときどうしているか
   (「〜のときは」で始めて2つ以上)

6. やってはいけないこと/過去に起きた失敗
   (一度でも起きたことは全部)

7. 終わったら誰に何を渡す・どこに記録する?

【聞き手メモ】答えが「いつも通り」「だいたい」だった項目に○

7項目の順番には理由があります。最初に「終わった状態」を聞くと、手順の抜けに気づきやすくなります。手順を先に聞くと、話し手は覚えている順に話し、ゴールとのつながりが曖昧なまま終わりがちです。また、5の「迷う場面」と6の「失敗」を独立した項目にしているのは、この2つが手順の説明の中ではまず語られないからです。聞かれて初めて「そういえば去年、値札の日付が前日のままで」と出てきます。この2項目こそ、マニュアルの価値の大半を占めます。

叩き台ができるまでの5ステップ

  1. 業務を1つ選ぶ(5分) 新人が最初に任される仕事、または担当者が休むと止まる仕事から選びます。「農産物の朝の受け入れ」「加工所の閉め作業」「団体予約の電話受付」のように、1時間以内で終わる単位にします。
  2. シートを持って15分聞く(15分) できれば作業の直後か、作業を横で見ながら聞きます。答えが「いつも通り」で返ってきたら、「先週はどうでした?」と具体的な日に置き換えて聞き直してください。
  3. シート全文をAIに貼る(10分) 下のプロンプトの指定欄にシートを写して実行します。手書きならスマホで撮って文字起こしさせてから貼っても構いません。
  4. 【要確認】を話し手に戻す(10分) 叩き台の中の【要確認】だけを抜き出し、ベテランに聞いて埋めます。ここで初めて出てくる話が必ずあります。
  5. 新人に読ませて採点する(作業1回分) 叩き台を印刷して新人に渡し、それだけを頼りに一度やってもらいます。詰まった箇所がシートの追記欄です。第1版はここまでで完成とします。

AIが登場するのは3だけです。1と2で素材の質が決まり、4と5で現場との差が埋まります。

そのまま使えるプロンプト全文

あなたは中小企業の業務マニュアルを作る編集者です。
以下の「現場ヒアリングシート」の内容だけをもとに、業務マニュアルの叩き台を作ってください。

# 条件
- 読み手は入って1週間の新人。専門用語には一言の説明を添える
- 構成は「この仕事のゴール」「始める前に」「手順」「迷ったときは」「やってはいけないこと」「終わったら」の6見出し
- 手順は1行1動作で番号をふる。シートの4番の順番を変えない
- シートに書かれていないことは補わず、【要確認:質問文】の形で残す
- シートの5番と6番は必ず全部マニュアルに反映する。省略しない
- 全体をA4で2枚以内にする
- 最後に「聞き手メモで○がついた項目」について、話し手に追加で聞くべき質問を3つ提案する

# 業務の背景
業種:(例:道の駅の農産物直売所、スタッフ5名)
この業務を任せる人:(例:週3日勤務のパートスタッフ)

# 現場ヒアリングシート
(ここにシート7項目を全文貼る)

「シートの4番の順番を変えない」の一文は必ず残してください。AIは手順を一般的な流れに並べ直そうとすることがあり、現場の順番には理由がある場合が多いからです。順番に疑問があれば、AIに直させるのではなく【要確認】として話し手に聞くのが正解です。

図2: よくある落とし穴3つと対策。本人に書かせず聞き手が埋める、手順だけでなく迷う場面と失敗を聞く、第1版は新人の実施で採点する

現場でよくある落とし穴

シートをベテラン本人に渡して書いてもらう。 ほぼ埋まらずに戻ってきます。書く時間がないのではなく、自分の仕事を文字にするのは誰にとっても難しいからです。聞き手が質問して書く、を崩さないでください。聞き手は新人でも構いません。むしろ分からないことを素直に聞ける人のほうが、良いシートになります。

手順だけ聞いて満足する。 4番だけ埋まったシートでAIに書かせると、どの会社にも当てはまる薄い手順書になります。5番と6番が空欄のシートは、まだ聞き終わっていないと考えてください。15分のうち半分をこの2項目に使うくらいでちょうどいいです。

一度で完成させようとする。 第1版は新人に渡して、詰まった箇所が出るのが前提です。詰まりが出たらシートの該当項目に一行足してAIに再生成させる。修正が数分で済むのがAIを使う利点で、ここを人が書き直していては続きません。

なお、そもそもマニュアルが一枚もない会社が「話したことを書き留める習慣」をつくる話は、7月の記事「AI活用の分かれ目は業務の言語化」で扱いました。今日のシートは、その習慣ができてきた会社が、1業務ずつ手順書の形にしていく段階の道具です。

明日やれる一歩

上のヒアリングシートを印刷し、業務名の欄に1つだけ書いてください。そして、聞く相手と15分の時間を決めます。それだけで、明日の午後には叩き台の第1版が手元にあります。マニュアルづくりは書く仕事ではなく、聞いて渡す仕事です。