「うちには、マニュアルと呼べるものが一枚もないんです」。AI導入のご相談で、最初によく出てくる言葉です。一方で、AI活用が軌道に乗っていく会社を見ていると、共通点はツール選びのうまさでも予算の多さでもありません。業務がどれだけ「言葉」になっているか、です。今日は、なぜ言語化がAI活用の分かれ目になるのか、そしてマニュアルがない会社はどこから始めればよいのかを、順を追って解説します。

AIは「事情を知らない助っ人」。渡した言葉の分しか働けない

AIは、自社の事情を何も知りません。長年一緒に働くスタッフなら「いつものあれ、お願い」で通じることも、AIには通じない。何を、どんな条件で、何に気をつけてやるのか——渡した言葉の分しか働けないのがAIです。だから、AIの出来ばえは、業務をどれだけ言葉にできているかでほぼ決まります。これが、言語化が分かれ目になる理由です。

業務の言語化には、3つの段階があると考えています。第一段階は「頭の中にだけある」。本人にしか分かりません。第二段階は「口で説明できる」。聞かれれば話せるし、実際、新人や季節スタッフには口頭で教えています。第三段階は「書き言葉になっている」。読めば誰でも、そしてAIでも分かる状態です。

ここで強調したいのは、マニュアルがない会社は、言語化がゼロの会社ではないということです。道の駅や観光の現場は、季節ごとにスタッフが入れ替わり、口頭で説明する機会がむしろ多い職場です。つまり第二段階までは毎日できている。足りないのは第三段階への一歩、「話している内容を書き留める仕組み」だけなのです。

図1: 業務の言語化の3段階。頭の中にだけある、口で説明できる、書き言葉になっているの3つで、マニュアルがない会社の多くは第二段階までは毎日できており、足りないのは書き留める一歩だけという図

「マニュアルを整備してからAIを」は、たいてい始まらない

では、どう書き言葉にしていくか。ここで多くの会社が「まず業務を棚卸しして、マニュアルを整備しよう」と考えます。この進め方を否定はしませんが、日々の営業と並行してやり切れる会社は多くありません。一斉整備は「完成」をゴールにした大仕事になりがちで、繁忙期が来ると止まり、一度止まると再開されないからです。

一斉整備型 ついで言語化型
起点 業務の棚卸しから 今日口頭で説明したことから
1回の作業時間 数時間〜数日 5〜10分
完成の定義 全業務を網羅したら完成 なし。1枚目から使う
止まるとき 繁忙期に止まりやすい 説明した日に書くだけ

おすすめは右側の「ついで言語化型」です。マニュアルは「作るもの」ではなく「たまるもの」と考える。日々の口頭説明を、その日のうちに1枚ずつ書き言葉に変えていく。週に1枚でも、1年たてば50枚です。それは、机上の整備プロジェクトよりずっと現場の実態に近い、マニュアルの束になります。

始め方は3ステップ。「話したこと」を5行のメモにする

第一に、今日、口頭で説明したことや聞かれたことを1つ選びます。「大型バスの駐車はどう案内するか」「新しい出荷者さんに伝えた受付手順」「雪の時期の営業時間変更のお知らせのしかた」。実際に話したことが材料なので、何から書くか悩む必要がありません。

第二に、話した内容を、話した言葉のまま5行ほどのメモにして、AIにこう頼みます。「このメモを手順メモの形に整理してください。話していないことは勝手に補わず、【要確認】と書いてください」。清書はAIの仕事、中身はあなたの言葉です。そして【要確認】がついた箇所は、実は自分たちでもまだ決めていなかったことの発見リストになります。

第三に、できたメモを、共有フォルダなど全員が見られる場所に、日付をつけてためます。置き場を1つに決めること。これが、ばらばらのメモを「マニュアルの束」に変える条件です。

図2: マニュアルがない会社の始め方3ステップ。今日口頭で説明したことを1つ選び、話した言葉のまま5行メモにしてAIに清書させ、共有の置き場に日付をつけてためる。週1枚でも1年で50枚になるという図

現場でよくある判断ミス

一つ目は、言語化を「AI導入の準備」と考えて、準備が整うのを待つことです。順番は逆です。AIに頼むという行為そのものが言語化の練習であり、準備してから使うのではなく、使いながら言葉が増えていきます。

二つ目は、書式から入ることです。マニュアル作成ツールやテンプレートの選定に時間を使い、肝心の中身が1枚も書かれないまま止まってしまう。最初の50枚は、体裁がばらばらで構いません。そろえるのは、たまってからで間に合います。

三つ目は、言語化を担当者1人の宿題にすることです。口頭の説明は、現場の全員が毎日しています。「説明したら5行書く」を全員の小さな習慣にするほうが、1人の担当者が全業務を書き起こすより早く、そして現場の実態に対して正確です。

なお、「あの人にしかできない仕事」をベテランから聞き出して型にする進め方は、属人化の解消として別の記事で扱いました。今日の話はその手前、会社全体で「話したことを書き留める」文化をつくる話です。マニュアルがない会社は、まずこちらから始めるのが近道だと考えています。

明日やれる一歩

明日、誰かに口頭で何かを説明したら、その直後に、話した内容を5行だけ書き留めてください。きれいな文章でなくて構いませんし、整えるのはAIに任せられます。その1枚が、マニュアルの1ページ目であり、AIに仕事を頼める会社への最初の一歩です。