「特殊」なのは仕事の中身で、AIに頼む作業ではない
AI導入の相談で、いちばん多く聞く言葉があります。「うちの業界は特殊だから、AIは合わない」。建設、酒造、農業、観光、道の駅。どの現場でもほぼ同じ言い方で出てきます。
この言葉は半分本当で、半分誤解です。本当なのは、業界ごとに用語も段取りも判断の基準も違うこと。誤解なのは、AIに頼む作業まで業界ごとに違うと思っていることです。
現場でAIに任せられる作業を並べると、文章の下書き、聞き取ったことの整理、表への変換、長い資料の要約、言い換え。これらは業界を問わず同じです。酒蔵の仕込み日誌を整えるのも、道の駅の出荷者向け通知を下書きするのも、AIの側から見れば「メモを整った文章にする」という同じ作業です。
つまり「特殊」なのは材料であって、調理法ではない。この分け方ができると、業界特化AIの始め方はかなり単純になります。特殊な材料を、汎用のAIにどう渡すか、という問題に置き換わるからです。
特殊さを3層に分けると、AIに渡せるものが見える
「うちは特殊」と一言で言っているものを、私は3つの層に分けて聞き直します。
- 用語の層: 業界や自社だけで通じる言葉。「上棟」「もろみ」「等級」など。略語や社内の呼び名もここ
- 段取りの層: 仕事の順番と、それぞれの場面で作る文書の型。見積の前に現地調査が入る、出荷前に検品票を書く、といった流れ
- 判断基準の層: 何を優先し、どこで線を引くか。この客には値引きしない、この時期は受注を止める、といった経験に基づく判断
この3層のうち、AIに渡して効くのは上の2つです。用語は一覧にして渡せば、その言葉で書くようになります。段取りは過去の文書を渡せば型を真似できます。一方、判断基準は渡してもAIには判断させない。ここは人が握る領域で、9月の記事「小さな会社の『AI活用マップ』の作り方」で書いた「間違いの重さ」が重い領域と重なります。
「特殊だから合わない」と感じる会社の多くは、3層目だけを見て結論しています。1層目と2層目を渡さずに判断しているので、AIが業界の言葉を使えないことにも失望している。分けて考えると、渡せるものがはっきりします。
汎用AIに業界を教える3段階
特化ツールを探す前に、いま使っているChatGPTやGemini、Claudeのような汎用AIに、自社の業界を教える。順番は次の3段階です。
第1段階: 業界の背景を1枚で渡す。 自社が何の業界で、誰に何を売り、季節でどう仕事が変わるかを、400字ほどの文章にします。毎回の頼みごとの冒頭に貼るか、AIの記憶欄(カスタム指示など)に入れておく。6次産業の加工所なら「新潟県内の農家が自家栽培の野菜を加工して直売所と県外の店に卸している。繁忙期は9〜11月」のような一文が、AIの出す文章の的外れをかなり減らします。
第2段階: 用語集を渡す。 業界用語と社内用語を、意味つきで20〜30語。作り方は簡単で、直近1か月のメールや日報から「外の人に通じない言葉」を拾うだけです。社内の呼び名(「A棟」「朝便」など)まで入れると、出力がそのまま社内で通じる言葉になります。
第3段階: 過去の文書を型として渡す。 よく書く文書(見積の説明文、出荷者への通知、お客様への案内)を3〜5本選び、「この形式と語調で」と添えて渡す。用語と段取りが一度に伝わり、下書きが「うちの文書」に近づくのはこの段階です。
3段階を終えた汎用AIは、業界の言葉で自社の型に沿って書きます。特化ツールの検討は、この状態を確かめてから足りないものを見る、という順番です。
特化ツールを買うか、汎用AIを育てるか。判断の基準
業界特化をうたうAIツールは増えています。買うか、汎用AIを育てるかは、次の基準で分けます。
| 見る点 | 汎用AIを育てる | 特化ツールを検討する |
|---|---|---|
| 特殊さの中身 | 用語と文書の型が中心 | 業界固有の計算・法令対応・機器連携が必要 |
| 扱うデータ | 文章・メモ・表 | 図面・センサー値・専用形式のデータ |
| 間違いの重さ | 直せば済む文書 | 数値の誤りが安全や法令に響く |
| 費用の見え方 | 月数千円で試せる | 月数万円以上、契約期間の縛り |
特化ツールが優れるのは、業界固有の計算や法令への対応が組み込まれている場合です。食品表示の作成、建設の積算、農薬の使用基準の照合。これらは汎用AIに文章で教えても、間違いの重さに対して確認の手間が釣り合いません。
逆に、中身が「業界の用語で文章を作る」だけなら、育てた汎用AIとの差は小さい。月額を払う前に、そのツールが「文章を業界風にする」のか「固有の計算や照合をする」のかを営業担当に一問で聞いてください。前者なら、汎用AIで足りることが多いです。
現場でよくある判断ミス3つ
特化ツールから探し始める。 「業界名+AI」で検索して見つけたツールの機能を、自社の困りごとに当てはめる。困っていない機能に月額を払い、困っている用語の問題は残ります。3層に分けるのが先です。
判断基準までAIに渡そうとする。 「この客には値引きしない」といった判断を教え込もうとして、うまくいかず「やはり特殊だ」と結論する。判断基準は渡すものではなく、AIの下書きを人が直すときの物差しとして持っておくものです。
用語集を完璧にしてから始めようとする。 100語の用語集を作る会議を開き、そこで止まる。20語で始め、AIの出力に違う言葉が出たら1語ずつ足す方が、使われる用語集になります。
明日やれる一歩
明日、直近1か月の送信メールと日報を開き、「取引先や社外の人には通じない言葉」に印をつけてください。目標は20語。それぞれに一行の意味を添えて、テキストファイルに保存する。これが第2段階の用語集の初版です。
そのうえで、いま使っているAIに背景文と用語集を貼り、いつも書いている通知文を1本頼んでみる。出てきた文章の中に、自社の言葉がいくつ使われているかを数える。その数が、「うちの業界は特殊だから」という言葉の、実際の大きさです。