「惣菜の仕込み数は、あの人が朝に決めている」「団体客の受け入れ可否は、結局あの人に聞く」。属人化した仕事をAIで標準化する考え方は、7月の記事「属人化した業務をAIで『標準化』する、という発想の転換」で、知識・判断・関係性に仕分けて聞き出す3ステップとして書きました。今日はその真ん中、いちばん手こずる「聞き出した勘を、他の人が使える言葉に落とす」工程を深掘りします。
暗黙知は「手順」ではなく4つの層でできている
ベテランに話を聞いて手順書を作ったのに、代わりの人がやると結果が違う。よくある行き詰まりです。原因は、聞き出したのが「手順」だけだったことにあります。勘と呼ばれるものを分解すると、手順の下に4つの層があります。
| 層 | 中身 | 道の駅の惣菜仕込みでの例 |
|---|---|---|
| 見ているもの | 判断の前に必ず確認している情報 | 天気予報、前日の売れ残り、団体予約の有無 |
| 分かれ道 | その情報がどうだったら、どう変えるか | 雨予報なら定番を減らし、日持ちする品を増やす |
| 例外 | 通常の分かれ道を上書きする条件 | 近くでイベントがある日は、雨でも減らさない |
| やらないこと | 一見よさそうでも本人が避けている手 | 売れ残りを恐れて全品を減らすことはしない |
手順書に載るのは、たいてい「見ているもの」の一部と、作業の順番だけです。ところが代役が困るのは、分かれ道と例外の場面です。「引き継ぎ可能」とは、この4層が本人の外に出ている状態を指す、と定義すると進め方がはっきりします。
言語化の5ステップ
第一に、場面を1つに絞ります。「仕込みの決め方」全体ではなく、「雨予報の土曜の朝、仕込み数を決める」まで狭めます。暗黙知は場面と結びついて記憶されているので、広く聞くほど一般論しか出てきません。
第二に、実況してもらいます。実際にその判断をする朝に横に立ち、「今、何を見ましたか」「次は何を見ますか」と声をかけて録音します。後日振り返って聞くより、その場のほうが「見ているもの」が正確に出ます。
第三に、「なぜ」ではなく「何を見たか」「どうだったら変えたか」を聞きます。「なぜ減らしたんですか」と聞くと、人は後づけの理由を作ります。「何を見て減らしたんですか」「予報が曇りだったら変えましたか」と聞くと、分かれ道が出てきます。例外は「いつもと違う日はありますか」、やらないことは「新人がやりがちな失敗は何ですか」で拾えます。
第四に、AIに整理と穴出しをさせます。文字起こしを渡し、次のように頼みます。
この文字起こしを「見ているもの」「分かれ道」「例外」「やらないこと」の4つに分類してください。
話に出ていない条件は補わず【要確認】と書いてください。
分かれ道のうち「もし〜だったら」の答えが話に出ていない箇所を、質問の形で列挙してください。
AIの役目は、書くことより抜けを見つけることです。列挙された質問が、次にベテランへ聞く項目になります。
第五に、代役テストで判定します。これは次の節で説明します。
引き継ぎ可能かどうかは「代役テスト」で決める
型が完成したかどうかを、本人や作った人が判断してはいけません。本人は行間を無意識に補って読むので、「これで十分」と感じてしまうからです。判定は、その仕事をしたことがない人に型だけを渡し、実際の場面で判断してもらって決めます。結果は3通りに分かれます。
- 本人と同じ結論に至った: その場面は引き継ぎ可能。次の場面に進む
- 違う結論に至った: 分かれ道の条件が足りない。「代役は何を見て決めたか」と「本人なら何を見たか」を突き合わせ、差分を型に足す
- 判断できず止まった: 例外か、やらないことの層が抜けている。止まった場面を本人に見せて、その場面だけ聞く
ここで大事なのは、違う結論が出たときに「代役の理解不足」で片づけないことです。代役が迷った箇所こそ、本人の頭の中にしかなかった条件が見つかる場所です。3つの場面で続けて同じ結論に至れば、その仕事は「本人が休んでも回る」と言ってよいでしょう。
現場でよくある判断ミス
一つ目は、ベテランの話を飛ばして、AIに直接「惣菜の仕込み数の決め方のマニュアルを作って」と頼むことです。もっともらしい一般論の手順書ができますが、自社の分かれ道も例外も入っていません。代役が使うと、本人と違う結論になります。AIは聞き出した言葉を整理する役であって、暗黙知の持ち主ではありません。
二つ目は、全部の場面を一度に言語化しようとすることです。仕込みなら「雨の土曜」「連休初日」「イベント当日」と、困る場面から順に1つずつ進めます。3場面で止めても、代役が迷う日の大半はカバーできます。
三つ目は、「やらないこと」を聞き忘れることです。本人にとっては当たり前すぎて口に出ない一方、新人はまさにそこで失敗します。型を作ったら最後に、「この型どおりにやって、それでもやってはいけないことは何ですか」と一度だけ聞いてください。
明日やれる一歩
「あの人が休むと困る判断」を1つ選び、それが起きる具体的な場面を1つ、紙に書いてください。次にその判断が行われる日に横に立ち、「今、何を見ましたか」と一度だけ聞いて、答えをメモします。その一言が、暗黙知の最初の層を外に出した瞬間です。文字起こしもAIも、その後で十分間に合います。